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長野地方裁判所諏訪支部 昭和30年(ワ)19号 判決

原告 株式会社かね大商店 外一名

被告 百瀬金融株式会社

主文

被告が原告等に対し長野地方法務局所属公証人剱持延治作成昭和三十年第三十九号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き昭和三十年五月二日別紙〈省略〉第一、第二目録記録の物件に対して為した強制執行は請求金額九万八千六百四十円を超える部分はこれを許さない。

原告等のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

本件につき当裁判所がさきに為した強制執行停止決定は請求金額を九万八千六百四十円に限定してこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告等は、被告が原告等に対し、長野地方法務局所属公証人劔持延治の付与した昭和三十年第三十九号執行力ある公正証書正本に基き、別紙第一、第二目録記載の物件に対して為した強制執行はこれを許さない、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告株式会社かね大商店は昭和三十年一月七日原告宮坂広連帯保証の下に、被告会社岡谷営業所より金十万円を利息年一割八分、弁済期同年二月五日、弁済期後の損害金百円につき一日九銭八厘の約定にて借受け、前記公証人に因てその旨の金銭消費貸借契約公正証書が作成された。

(二)  併し乍ら被告会社が右貸付に際し原告等に交付した金額は前記の十万円でなく利息を天引して九一、七五〇円である。

(三)  その後原告等は昭和三十年二月八日被告会社岡谷営業所において被告に対し、金七〇九一円を支払つたが、これは弁済期の翌日である同年二月六日より弁済の猶予を得た同年三月二日までの日歩九銭八厘の割合による遅延損害金二、二八〇円と元金の支払に充当した四、八一一円とである。

(四)  斯くして原告側の計算によれば、被告は右(二)記載の様に貸付に際し利息として八、二五〇円を天引して居るので利息制限法第二条により右天引された八二五〇円が受領額を元本として年一割八分により計算した金額一、三四八円に超過する部分即ち六、九〇二円は元本の支払に充てたものとみなされ、初めの貸付元金は前記十万円より右六、九〇二円を控除した九三〇九八円となる。而して右元金より(三)記載の四、八一一円を控除した八八、二八七円が昭和三十年三月二日現在の元金であり、右元金に対し翌三月三日より強制執行の委任を為した同年四月二十六日まで五十五日間の日歩九銭八厘による損害金は四、七五八円となるので、右八八、二八七円に四、七五八円を加算し、更に執行準備費用四六九円を加算した合計九三、五一四円が被告の請求金額の合計でなければならない。

(五)  然るに被告は昭和三十年五月二日原告等に対し、貸付元金十万円及び右元金に対する損害金五、三九〇円、執行準備費用四六九円、合計一〇五、八五九円の債権ありとして原告等所有の別紙第一、第二目録記載の物件に対し強制執行をした。

以上の次第で右債権額の存在を前提とする被告の強制執行は不当であるから前記公正証書正本に基く執行力の排除を求めるため本訴に及んだのであると陳述し、被告の答弁並びに抗弁に対し被告が出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下出資の受入等に関する法律と略称する)に基き適法に届出をした貸金業者であることは認めるが、本件貸付金について前記公正証書とは別個に利息並びに損害金を日歩三十銭とする特約が成立したとの点は否認する。仮に左様な特約が成立したとするも日歩三十銭という高金利の契約は公序良俗に反し無効である。被告は又出資の受入等に関する法律は利息制限法より施行期日が後で同法に対し特別法の関係にあるから貸金業者に対しては右出資の受入等に関する法律が適用せられ、利息制限法第一条第一項第四条第一項の規定は適用がなく、従つて被告は日歩三十銭の利息及び損害金を受取ることが許されるのであると主張するけれども、出資の受入等に関する法律は利息制限法と性質を異にする刑罰法規であつて同法に優先する法規ではない。思うに利息制限法は制限を超える利息につき民事上の効果を認めない事によつて利息を抑制しようとするもので罰則はなく、利息抑制の方策としては微力たるを免れないため別に高金利に対して積極的に罰則を以て臨む必要があつて出資の受入等に関する法律が設けられたのである。即ち利息については三段構えを以て抑制しようとするもので(一)は利息制限法の限度内の利息で裁判所に訴を以て請求し、国家権力による保護を受けることができるものである。(二)は法定利息の限度を超え日歩三十銭までの利息であつて、裁判所に訴を以て請求することはできないし、債務者から主張されれば超過部分は無効となるが刑罰の制裁は受けないのである。(三)は日歩三十銭を超過する利息であつて刑罰の制裁を受けるものである。それ故に貸金業者については特に利息制限法第一条第一項第四条第一項は適用がなく日歩三十銭まで取つてよいとの考え方は不当である。次に被告は原告等は利息制限法に超過する利息及び損害金を任意に支払つたものであるから同法第一条第二項第四条第二項により超過部分の返還請求を為し得ないと主張するけれども、原告等は決して日歩三十銭による利息損害金の計算を認めて任意に支払つたのではなく原告の計算と被告の計算とは一致しなかつたが、相手が被告会社の女事務員で原告の計算関係についてよく了解できないようであつたため後日精算する考えで取敢えず支払つたのであり、仮に任意に支払つたものであるとしても利息制限法第一条第二項第四条第二項の規定は利息損害金の約定をその超過部分についても溯つて有効とする意味ではない。超過部分の利息損害金の契約は飽くまで無効であるにも拘らず任意支払つた場合には民法第七百五条及び第七百八条の適用がなくその約定の無効であることを知つて居ると否とを問わず、又不法の原因が受益者についてのみ存すると否とを問わずその返還を請求し得ないものとしたに過ぎない。従つてその超過部分は元本債権の存する限り元本の支払に充てたものとみるべきである。そのために善良なる債務者と不良なる債務者に対する取扱が不公平になり社会正義に反するという被告の主張は一方的の見解で当らないと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として原告等主張の請求原因事実の中(一)の事実は認めるが、当事者間において公正証書とは別個に貸付金の利息並びに損害金を百円につき一日三十銭とする特約が成立して居る。(二)の事実も認めるが、これは原告の承諾の上で為されたことであり、且この原告の主張自体によつて右日歩三十銭の特約のあつたことが容易に認定できる。原告等の自認する手取金九万壱千七百五十円はこれに対する日歩三十銭の割合による返済期日までの三十日間の利息八二五六円(先取利息の速算表によつて計算)について被告が金六円を免除し、八、二五〇円を元金十万円より天引交付した額である。(三)の事実中原告が昭和三十年二月八日被告会社岡谷営業所において、被告に対し七、〇九一円を支払つた事実は認めるが、支払充当関係は相違して居る。原告は被告に対し本件貸金の返済期日を同年三月二日まで延期することを求め、日歩三十銭の割合によつて同年二月六日より二月八日まで三日間の後払利息九〇〇円と二月九日より三月二日までの前払利息六一九一円を併せて任意支払つたものである。(四)の計算関係は否認する。(五)の事実は認めると答え、更に元来被告は出資の受入等に関する法律第七条所定の届出をした適法な貸金業者であるから同法第五条により日歩三十銭の割合による利息及び損害金の契約をし、又はこれを受取ることができるのであつて、日歩三十銭の約定を公序良俗に反すると主張する原告等の見解は当らない。(昭和二十九年十一月五日最高裁判所第二小法廷判決参照)而して現行利息制限法(昭和二十九年法律第一〇〇号)は昭和二十九年六月十五日から施行せられたのに対し、前記出資の受入等に関する法律(昭和二十九年法律第一九五号)は同年十月一日から施行されたものである。後に施行された出資の受入等に関する法律が利息制限法に優先すると解せられるばかりでなく、一般の利息に対する法律である利息制限法に比し業として金銭の貸付を為す者に対する取締法規である右出資の受入等に関する法律が特別法として優先することは法理上明らかである。然らば適法に届出をして金銭の貸付を業として居る被告は前叙のように出資の受入等に関する法律第五条の規定により日歩三十銭の利息及び損害金を受取ることが許されるのであつて、同法に比し一般的普通法である利息制限法第一条第一項、第四条第一項は適用がないものと解すべきである。この事は右出資の受入等に関する法律の施行にともない廃止となつた昭和二十四年法律第一七〇号貸金業等の取締に関する法律の規定に徴しても明らかである。従つて被告が右範囲内において利息及び損害金を契約し受取り請求しても毫も違法ではない。仮に右抗弁が理由なく被告が既に受取つた利息及び損害金が法定の額を超えるものであつたとしても、債務者たる原告等が任意に支払つたものであるから利息制限法第一条第二項に則り原告は之が返還請求を為し得ない。右返還請求を為し得ないとの趣旨は現実に過払となつた超過部分の返還を求めることができないばかりでなく、債務者が未だ残債務を負担して居る場合計算上においてその超過部分を残債務の支払に充当することもできないものと解する。何故ならば全債務について支払を完了した善良な債務者は既に支払済の法定額を超える利息損害金の返還請求を為し得ないのに対し、債務支払を怠つて居る債務者は残債務存するが故に右法定額超過部分を残債務の支払に充当し返還を受けたと同様な利益を受けることになれば、結局債務の不履行を奨励するか、少くとも債務を完全に履行した者に比しこれが履行を怠つた不良な債務者を保護する結果となり著るしく社会正義に反するからである。以上の次第であるから被告の為した本件強制執行は正当であり、原告等の本訴請求は失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

原、被告間において、昭和三十年一月七日主債務者原告株式会社かね大商店、連帯保証人原告宮坂広、債権者被告、元金十万円、利息年一割八分、弁済期同年二月五日、弁済期後の遅延損害金百円につき一日九銭八厘の定めなる金銭消費貸借契約が成立し、長野地方法務局所属公証人剱持延治作成昭和三十年第三十九号によつてその旨の公正証書が作成せられたこと及び被告が原告等に対し同年五月二日右公正証書の執行力ある正本に基き貸付元金十万円右元金に対する損害金五三九〇円、執行準備費用四六九円、合計一〇五八五九円の債権ありとして、原告等所有の別紙第一、第二目録記載の物件に対し強制執行をしたことは当事者間に争がない。被告は右貸付金につき公正証書には利息年一割八分、弁済期後の損害金は百円につき一日九銭八厘と記載してあるけれども、右公正証書とは別個に当事者間において利息並びに損害金を百円につき一日三十銭とする特約が成立して居ると主張するので先づこの点について判断すると、被告が出資の受入預り金及び金利等の取締等に関する法律(以下出資の受入等に関する法律と略称する)第七条に基き適法に届出をした貸金業者であるとの当事者間に争のない事実と、証人小野千代子、同笠原千代子の各証言並びに右小野証人の証言によりその成立を認め得る乙第二号証等を綜合すれば、被告は適法に大蔵大臣に届出をした貸金業者であつて、出資の受入等に関する法律第五条第一項の最高額の金利を得ることを目的とし原告の要求に基いて本件の金融を図つたものであり、前記公正証書には裁判上の請求の場合を顧慮して利息制限法所定の利率を記載したけれども、右公正証書とは別個に原告との間に右貸付金の利息並びに遅延損害金を百円につき一日三十銭と約定したことを認めることができる。原告は当事者間に斯様な約定が成立しても日歩三十銭という高金利の契約は公序良俗に反し無効であると主張するのであるが、一般経済界の実情や巷間における金融事情等に鑑み考察するとき該金利契約を以て直ちに公序良俗に反するものと認めることはできない。金融取締法規である前記出資の受入等に関する法律第五条において日歩三十銭を超える契約をしたものを処罰し、日歩三十銭までは処罰しないこととして居ることもこの事実を裏書するものであり、事情は多少異なるが月一割の利息及び損害金の約定を認容した最高裁判所の判例も既に確立して居るから原告の前記主張はこれを採用しない。

而して被告が前記十万円の貸付に際し元金より利息八、二五〇円を天引して九万壱千七百五十円を原告に交付したことは被告の認めるところである。仍て右天引額につき検討すると、右天引が債務者の承諾に基き為されたと否とに拘らず裁判上におけるこれが充当関係は利息制限法第二条の明定するところであるから、右法条を本件の場合に適用し受領額九一、七五〇円を元本としてその元本に利息制限法第一条第一項の利率年二割、期間三十日を乗じて計算すれば次のとおりである。

8,250-91,750×0.2×30/360 = 6,742

この六、七四二円が天引額中元本の支払に充てたものとみなされる額であるから、弁済期である昭和三十年二月五日現在における元金は十万円より右六、七四二円を差引いた九三、二五八円であつて利息は支払済ということになる。その後同年二月八日原告は被告に対し七〇九一円を支払い債務の弁済期を同年三月二日まで延期する様申入れ被告の承諾を得たことは当事者間に争がなく、証人小野千代子の証言によれば右は日歩三十銭の割合による二月六日より二月八日までの後払利息並びに二月九日より三月二日までの前払利息として原告が任意に支払つたものであることが認められ、原告がその支払につき異議を述べ、清算関係を後日に留保した証拠は何等認められない。従つて原告は利息制限法第一条第二項第四条第二項によりその返還を請求することはできないものと謂わなければならない。唯被告は二月五日現在の元金を十万円として利息を計算し、原告もその計算に従い後払利息並びに前払利息を任意支払つて居るけれども、前認定の様に当時の元金は九三、二五八円が正当であるから右金額に基き日歩三十銭の割合で計算すれば二月六日より同月八日まで(三日間)の後払利息は八四〇円、二月九日より三月二日まで(二十二日間)の前払利息は五、七七四円(被告が先取利息の速算表により算出した元金十万円に対する利息六一九一円を基準として計算)となり、原告の支払つた七、〇九一円より右八四〇円と五七七四円を控除した残額四七七円は民法の規定により元金の支払に充当せられたと解するのが相当である。従つて昭和三十年三月二日現在の元金は前記九三、二五八円より四七七円を差引いた九二、七八一円となる。而して三月三日より被告の執行委任をした四月二十六日まで五十五日間の損害金は利息制限法第四条第一項の規定により年四割を以て限度とするからこれを計算すれば次のとおり五、四五五円となる。

92,781×0.4×55/365 = 5,455

併し乍ら被告は執行吏に対し執行を委任するに際し、三月三日以降の損害金として右五、四五五円の限度内における五、三九〇円の請求をして居ることは成立に争のない甲第一号証の一、二、同第五号証に依り明らかであるから右限度に減縮すべきものとし、尚右甲号証に記載してある執行準備費用四六九円については争がないので結局執行委任の際における被告の債権額は元金九二、七八一円損害金五、三九〇円、執行準備費用四六九円、合計九八、六四〇円となるのである。

原告は利息制限法第一条第二項第四条第二項の規定は利息損害金の約定をその超過部分についても溯つて有効とする意味ではなく超過部分の利息損害金の契約は飽くまで無効であるからその超過部分は残債務の存する限り残債務の支払に充てたものとみるべきであると主張するけれども、前記法条をその様に解釈すべき根拠に乏しく寧ろ同じく超過部分の支払である利息の天引の場合については同法第二条において特に元本の支払に充てたものとみなすとの明文が設けられて居ることから推論して、明文がない限り任意支払済の超過部分を残債務の支払に充当したものと解することは困難であつて原告の右主張は採用しない。

次に被告は出資の受入等に関する法律は業として金銭の貸付を為す者に対する法律であつて一般の利息に対する法律である利息制限法より後に施行せられ同法に対し特別法の関係になるから、被告の様な貸金業者に対しては利息制限法第一条第一項及び第四条第一項は適用がなく、出資の受入等に関する法律第五条により日歩三十銭の利息及び損害金を受取ることが許されると抗争するけれども、利息制限法は経済的弱者である一般債務者を保護し公序良俗の保持を目的として制定せられたに対し、出資の受入等に関する法律は所謂街の利殖機関を取締り健全な社会経済秩序の維持を目的として制定せられたもので一般法特別法の関係はない。利息の制限に関しては貸金業者に対しても利息制限法の適用あることは勿論であるが、債務者が超過利息を任意に支払つたときはその返還を請求することができないものとされ、同法のみによつては高金利の抑制が困難であるため出資の受入等に関する法律を設け利息の限度を著るしく超え日歩三十銭以上の利息を契約し受領するものに対し刑罰を以て臨み高金利禁止の実効を期したものと解する。即ち金利は原告主張の様に利息制限法と出資の受入等に関する法律により三段構えを以て抑制されることになつたのであつて、(一)利息制限法の限度内の利息は裁判所に訴を提起して請求し、国家権力による保護を受けることができ、(二)この限度を超え日歩三十銭までの利息は裁判所に訴を以て請求することはできないが、刑罰の制裁はなく、(三)利息が日歩三十銭を超えるときは刑罰の制裁を科せられるのである。従つて出資の受入等に関する法律は貸金業者に対し特に適用される法律でないと共に利息制限法も貸金業者に対し適用されるのであつて被告の右抗弁は之を採用しない。

以上の次第で被告が昭和三十年五月二日原告等に対する前記公証人作成の公正証書の執行力ある正本に基き別紙第一、第二目録記載の物件に対して為した強制執行は請求金額九八、六四〇円を超える部分は不当であるから之が執行力の排除を求める原告等の本訴請求は右超過部分につき理由あるものとして之を認容し、その余は失当として之を棄却することとする。仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行の宣言につき同法第五百四十八条第五百六十条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤欽次)

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